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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)753号 判決

控訴人

永井徹

亡八木孝之(原告)訴訟承継人・被控訴人

八木恒子

ほか二名

主文

一  原判決主文一項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人八木恒子に対し金四六三四万三八三六円及び内金四三八四万二五五五円に対する平成七年二月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人は、被控訴人八木一之及び同中塚史子に対し、それぞれ金二三一七万一九一八円及び各内金二一九二万一二七七円に対する平成七年二月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決の主文一項1、2は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  当審における追加的・予備的請求

(一) 控訴人は、被控訴人八木恒子に対し、金四五一五万三九三九円及び内金三五五四万八六五一円に対する平成八年三月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 控訴人は、被控訴人八木一之及び同中塚史子に対し、各金二二五七万六九六九円及び各内金一七七七万四三二五円に対する平成八年三月六日から完済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(四) (一)、(二)につき仮執行の宣言

第二事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、次のとおり付加訂正する。

一  原判決の「第二 事案の概要」中「原告」とあるをいずれも「亡八木孝之(以下「孝之」という。)」と、同二頁一〇行目の「負傷した被害者である原告」を「負傷し、その後死亡した被害者の相続人らが」と、同一三行目の「事故の経緯」を「当事者間に争いのない事実等」とそれぞれ改め、同三頁四行目の「自動車」の次に「(姫路五七ら七二九八)」を加え、同一〇行目の「転倒させたというもの」を「転倒させた。」と改め、同行目の次に行を改め「2 控訴人は、控訴人車両の所有者であり、本件事故当時、同車両を自己のため運行の用に供していた(争いがない)。」を加え、同一一行目の順番号「2」を「3」と、同一四行目の「治療中である」を「治療中であったところ、本訴提起後である平成八年七月八日、死亡した」とそれぞれ改め、同四頁一行目の次に行を改め「4 孝之の相続人は、妻である被控訴人八木恒子(以下「被控訴人恒子」という。)(相続割合二分の一)、子である被控訴人八木一之(以下「被控訴人一之」という。)、同中塚史子(以下「被控訴人史子」という。)(相続割合各四分の一)の三名であり、右被控訴人らが、孝之の提起した本訴を承継した(当事者間に争いがない)。」を加え、同二行目の順番号「3」を「5」と改め、同行目の「(日動火災海上保険株式会社を介しての)」を削除し、同三行目の「二五七二万一二〇八円」を「四〇七二万一二〇八円(うち一五〇〇万円については、平成八年三月五日支払)」と改める。

二  同四頁四行目冒頭から同五頁一三行目末尾までを次のとおり改める。

「二 争点

1  過失相殺について

(一) 控訴人の主張

本件事故当時、本件交差点の控訴人走行車道側は黄色点滅信号、孝之横断歩道側は赤色点滅信号が表示されていたから、交通整理の行われていない交差点の通過方法を定めた道路交通法三六条二項ないし四項の規制に従わせる必要はなく、同法施行令二条に従い、孝之は、他の交通に注意して進行する義務があった。

また、本件交差点の信号機は、歩行者の交通の安全のため、押しボタン方式がとられており、横断開始前に歩行者が押しボタンを押せば、約一〇秒後には、右押しボタンに対面する信号の表示が青色となるものであり、歩行者は、横断直前には、右押しボタンを押し、対面信号が青色となるのを待ってから、横断を開始することが条理上義務づけられており、これにより、交差道路の信号の表示が赤色となって、歩行者の交通の安全が確保されていた。しかるに、孝之は、右押しボタンを押して、僅かな時間待機という義務を尽くさなかった。

他方、本件交差点が押しボタン方式によって規制されていることは、信号機の下に表示されていて、控訴人走行車道側からは、このことを認識できるようになっており、このため、控訴人としては、信号の表示が黄色点滅である以上、横断する歩行者は存しないものと信頼して、他の交通に注意して進行すれば足りるもので、信号機が設置されておらず、交通整理のされていない横断歩道を通過する際のような注意義務までは、要求されていない。

したがって、押しボタンを押して青色信号になるまで待つことなく、本件交差点内に進入した孝之の過失は、重大であって、相応の過失相殺がなされるべきである。

(二) 被控訴人ら

本件交差点は、控訴人走行車道側は黄色点滅信号、孝之横断歩道側は赤色点滅信号が表示されていて、交通整理の行われていない交差点に該当するものであるところ、本件交差点付近及びその付近は極めて明るく、控訴人において、速度を控えめにして前方の安全を確認していたならば、約七〇メートル手前の地点から前方左側を横断歩行中の孝之を発見することができ、横断歩道手前で一時停止することができた。しかるに、控訴人は、前方の視界が水滴の付着により不良であったにもかかわらず、制限速度を二〇キロメートル上廻る時速約六〇キロメートルで、控訴人車両を走行させ、約一七メートル手前で初めて孝之を認めたような状況であって、本件事故は、控訴人の重過失によるものであり、孝之には過失相殺を相当とする程度の過失はなかった。

2  損害について

(一) 被控訴人ら

(1) 主位的請求

〈1〉 治療費 一四六六万一九七二円

〈2〉 付添看護費 二〇一三万五七〇八円

〈3〉 入院雑費 一五七万〇五〇〇円

一日当たり一五〇〇円の一〇四七日分

〈4〉 休業損害 一一三八万〇四八〇円

男子全年齢平均給与額及び年齢別給与表より六二歳男子(孝之は本件事故当時、六二歳であった。)月額収入三二万六四〇〇円(日額一万〇八八〇円)を基礎として、その一〇四六日分

〈5〉 入院慰藉料 八〇〇万円

〈6〉 後遺症慰藉料 二五〇〇万円

〈7〉 逸失利益 二五八〇万六二二八円

孝之は、本件事故により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したから、右〈4〉の平均賃金を基礎として、平均余命の二分の一まで(八年間)を喪失期間として、ホフマン方式により算定すると、右金員となる。

〈8〉 将来の介護料 七三三七万〇八六八円

孝之の症状は、平成六年八月三一日に固定したが、右後遺障害の内容は、四肢痙性麻痺でベッドから離れることができず、いわゆる寝たきりの状態で、食事、用便等すべて自力ではできず、他人の介護を要する状態であり、その介護費用として、月額五三万円(年間六三六万円)を要する。右金員を基礎として、ホフマン方式により、孝之の平均余命である一六年間分を算定すると、右金員となる。

〈9〉 弁護士費用 五〇〇万円

合計一億八四九二万五七五六円

なお、孝之は、本件事故時から約四年一〇月経過した平成八年七月八日、胃癌により死亡したが、本件事故と右死亡との間に条件関係または相当因果関係が認められない場合、孝之の死亡は、同人の損害について、消長を来すものではない。

(2) 予備的、追加的請求

孝之は、本件事故時から約四年一〇月経過した平成八年七月八日、胃癌により死亡した。しかし、孝之は、本件事故に遭遇するまでは健康上支障となるようなことはなかったもので、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血の傷害を負い、長期間に及び入院治療を受け、意識知能障害が著明で、言語機能も全く喪失し、寝たきりの状態であったことから、癌による自覚症状が認められても、これを家族に伝えることもできず、この間に、胃癌が進行していったものと推認できるから、孝之の死亡と本件事故との間には、因果関係があるというべきである。

本件事故による、孝之の被った損害は、次のとおりとなる。

〈1〉 治療費 一四六六万一九七二円

(主位的請求〈1〉のとおり)

〈2〉 付添看護費 二〇一三万五七〇八円

(主位的請求〈2〉のとおり)

〈3〉 入院雑費 一四〇万二七〇〇円

一日当たり一三〇〇円の一〇七九日分

〈4〉 休業損害 一四七万八〇八二円

年間五〇万円の一〇七九日分

〈5〉 入院慰藉料 八五〇万円

〈6〉 死亡慰藉料 二四〇〇万円

〈7〉 逸失利益 四〇二六万二〇七四円

就労により得られた収入の喪失分一八九一万〇一二九円(賃金センサス五年第一巻第一表産業計・企業別計・学歴計男子労働者六五歳以上の年間収入三六八万三六〇〇円の六年間分をホフマン方式により算定したもの)及び孝之の退職年金喪失分二一三五万一九四五円(年間三〇二万三五〇八円の一五年間分をホフマン方式により算定したもの)の合計金員

〈8〉 葬儀費用 二〇〇万円

〈9〉 弁護士費用 五〇〇万円

以上合計一億一七四四万〇五三六円

(二) 控訴人

(1) 被控訴人ら主張の損害のうち、孝之の症状固定時である平成六年八月三一日までに要した治療費一一二〇万三六九四円及び付添看護費一二二四万八四三九円については認めるが、症状固定後の分については、本件事故と相当因果関係はない。

(2) 孝之は、平成八年七月八日に本件事故と相当因果関係のない胃癌で死亡したから、右の日以降の介護料(入院費を含む。)は、損害として認められない。

(3) 孝之の胃癌は、本件事故の時点で、その死亡となる具体的事由が存在し、将来における死亡が客観的に予測されていたという特段の事情に該当するから、右死亡の事実は、就労可能期間の算定上、考慮すべきである。

(4) 孝之は、無職者に近い状態であったもので、就労所得による逸失利益と恩給受給権喪失による逸失利益の双方とも認定されるべきではない。

孝之は、田約五反一畝、畑一反一畝を耕作していたことによる年間収入五〇万円を参考にして、孝之の逸失利益の基準収入を認定すべきである。

仮に、恩給受給権の逸失利益性が認められるとしても、地方公務員等共済組合法九九条の二の規定により、被控訴人らに従前の恩給額の四分の三に相当する金額が支給されるので、これを損益相殺すべきである。

(5) 孝之は、新宮町役場より、特別障害者手当として定期的な給付を受けているところ、右給付は、孝之の一生涯にわたり、現症状の残存する限り、行われるものであるので、孝之の介護費用より損益相殺されるか、右費用額の認定にあたって考慮されるべきである。」

第三判断

一  争点1について

原判決六頁二行目冒頭から同一〇頁一〇行目末尾まで記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六頁二行目冒頭から同一〇頁一〇行目末尾までにある各「原告」をいずれも「孝之」と改め、同六頁二行目の「原告法定代理人供述」を削除し、同一二行目の「北進車は、」の次に「前後の見通しは良く、」を、同八頁二行目の「被告は、」の次に「前記のとおり、フロントガラスに付着していた水滴に気をとられるなどして、本件交差点の交通の安全確認を怠ったため、」を、同九頁三行目の「ならないのである」の次に「(控訴人は、前記第二の二1(一)のとおり主張するが、右説示に鑑み、採用できない。)」を、同一〇行目の「かかわらず、」の次に「右水滴に気をとられるなどして、本件交差点の交通の安全の確認を怠り、」をそれぞれ加え、同一一行目から一二行目にかけての「加害車両」を「控訴人車両」と改め、同一三行目の下の「原告」を「控訴人」とそれぞれ改める。

二  争点2について

1  本件事故による損害と孝之の死亡について

孝之は、本件事故後約四年一〇か月近く経過した平成八年七月八日、胃癌に起因する出血性ショックにより死亡したところ(甲三二)、孝之は、昭和四年七月七日生の男性であり、永年にわたり、公立学校の教員として勤務し、昭和六三年三月三一日に退職した後は、農業と寝たきりの被控訴人恒子の母の看病の手伝いをしていたものであって、昭和六三年一二月に肝臓の手術をしたものの、普段の生活には支障なく、普通に生活していて、本件事故前には、胃癌の兆候はなく、体の不調を訴えることもなかったから(甲五、一六、原審における孝之法定代理人、当審における被控訴人恒子)、右事実に照らせば、本件事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたということはいえないので、右死亡の事実を就労期間の算定上考慮すべきではなく(最高裁判所平成八年四月二五日判決・民集五〇巻五号一二二一頁参照)、右法理は、本件事故と孝之の死亡との間に相当因果関係ないし条件関係が存在するかどうかといった事情によって異なるものではないこと(最高裁判所平成八年五月三一日判決・民集五〇巻六号一三二三頁参照)、交通事故により傷害を負ったことに基づいて被害者に生じた損害の賠償請求権は、一個のものであり、加害者が負うべき損害賠償債務は、交通事故時に発生し、かつ遅滞に陥るものであること(最高裁判所昭和四八年四月五日判決・民集二七巻三号四一九頁、同五八年九月六日判決・民集三七巻七号九〇一頁参照)、口頭弁論終結時までに、被害者が死亡したことにより、現実に被害者側が負担を免れることとなった各損害の費目について、交通事故時において既に発生した損害額から控除するとすれば、かえって、口頭弁論終結後に被害者が死亡した場合に比して、被害者側にとって衡平を失することになることが想定されること(ちなみに、被害者において、加害者から、判決に基づく金員の支払を受けた後に被害者が死亡した場合、被害者が受けとった金員を、不当利得として、被害者に対し加害者への返還を命ずること等は相当と思料できない。)、また、右損害の費目を損害額から控除するとすれば、右以外に、被害者が死亡したことにより、新たに生じたことになる損害を考慮せざるを得なくなり、その結果、損害額の増減が生じることとなり、交通事故時に一個の損害として発生し、右時点から、加害者において、右債務につき、遅滞に陥るとの前記法理に反することになること、以上に照らして、本件において、損害額の算定につき、孝之の死亡の事実を考慮するのは相当でなく、したがって、死亡の事実を就労期間の算定上考慮すべきであり、また、死亡後の介護費用(入院費を含む。)は損害として認められないとの控訴人の主張は採用しない。

2  そこで、右1説示を前提に、本件事故により孝之の被った損害について判断する。

(一) 治療費 一一二〇万三六九四円

孝之が、治療費として、症状固定時である平成六年八月三一日まで一一二〇万三六九四円を要したことは当事者間に争いがない。

被控訴人らは、右症状固定後孝之死亡時までの治療費として三四五万八二八七円を要した旨主張し(甲一一の11ないし17、二一の1ないし12、二二の1ないし9、二三、二七の1ないし3)、その請求をするところ、右費用のうち入院費については、後記認定にかかる将来の介護科として算定するところであり、右以外に要した費用については、症状固定後の治療であり、かつ右甲号各証から窺われる治療内容等に鑑み、本件事故との相当因果関係のある治療費として、控訴人に負担させることは相当でないから、この点に関する被控訴人らの右請求分を認めることができない。

(二) 付添看護費 一二二四万八四三九円

孝之の付添看護費として、症状固定時である平成六年八月三一日まで一二二四万八四三九円を要したことは当事者間に争いがない。

被控訴人らは、症状固定後孝之死亡時までの付添看護費として七八八万七二六九円を要した旨主張し、その請求をするところ、右費用については、後記認定にかかる将来の介護料として算定するところであるから、付添看護費としては、被控訴人らの右請求分を認めない。

(三) 入院雑費 一四〇万二七〇〇円

入院雑費としては、一日当たり一三〇〇円をもって相当と認めるから、孝之が入院した日(平成三年九月一八日)から症状固定日(平成六年八月三一日)まで一〇七九日間の入院雑費の合計は、右のとおりとなる。

(四) 休業損害 一四七万八〇八二円

前記第二の一3のとおり、孝之は、本件事故当日から症状固定日まで入院治療を受けてきたのであって、その間(一〇七九日間)、休業を余儀なくされたということができるところ、証拠(甲四、五、一三、一六、一九、二九、三三ないし三八、原審における孝之法定代理人、当審における被控訴人恒子)によれば、孝之は、昭和四年七月七日生の男性であり、公立学校の教員をしていたが、昭和六三年三月三一日に退職したこと、被控訴人恒子は昭和五年二月二六日生の女性で、公立学校の教員をしていたところ、孝之と同じころ退職したこと、本件事故当時、孝之は、二か月に一回の割合で年六回、一回当たり五三万円余の年金を、被控訴人恒子は、同様の割合で、一回当たり五一万円余の年金を支給されていたこと、本件事故当時、孝之と被控訴人恒子の子である被控訴人一之及び同史子は婚姻して家を出ており、孝之は被控訴人恒子及び同被控訴人の母と一緒に暮らしていたこと、孝之は、教員を退職した後、職に就かず、本件事故当時まで、農業(本件事故当時、田約五反一畝、畑約一反一畝を耕作していた。)と寝たきりであった被控訴人恒子の母の看病の手伝いをしていたこと、被控訴人恒子は、本件事故後、人に頼んで農業をしていること、平成七年分の孝之の所得は、総所得金額が一八七万二九一三円(内訳 農業所得・一九万二三一三円、雑所得・一六八万〇六〇〇円、内公的年金受給額・三二四万〇八〇〇円)とされていることを認めることができ、右事実に加えて、農林水産省経済局統計情報部編「平成三年産農産物生産費調査報告・米麦類の生産費・野菜生産費・果実生産費」から窺われる前記程度の規模の農地の耕作による収入をも勘案して、本件事故当時の孝之の収入を年間五〇万円として、本件事故発生の日から症状固定の日までの間の孝之の休業損害を算定すると、左記のとおりとなる(被控訴人らは、孝之は、教員を退職後、農業をする傍ら、次の適当な仕事に就くために、一時的な休養を取っていたことを前提に、男子全年齢平均給与額及び年齢別給与表による六二歳男子月額収入三二万六四〇〇円を、右休業損害算定の基礎とすべきである旨主張するが、本件事故当時、孝之が具体的な就労の予定があったことや、そのための準備をしていたこと等を窺わせるに足りる証拠はないから、被控訴人の右主張は採用できない。)

五〇万円÷三六五日×一〇七九日=一四七万八〇八二円

(五) 入院慰藉料 四〇〇万円

前記のとおりの、本件事故の態様、結果、孝之の負った傷害の部位、程度、治療経過(殊に、孝之が寝たきりの重篤患者として、入院治療を受けてきたこと)等を考え合わせると、入院慰藉料としては、右金員をもって相当と認める。

(六) 後遺症慰藉料 二四〇〇万円

孝之の症状は、平成六年八月三一日固定したが、右固定時における孝之の傷病名は脳挫傷で、知能障害、失語症が著明で、自覚症状を訴えられない状態にあり、以後も脳挫傷による知能障害、四肢痙攣麻痺等により、いわゆる寝たきりの状態で、食事、用便等すべて自力ではできず、他人の介護を要する状態にあって、回復の見込はなかったこと(甲二、六、九、原審における孝之法定代理人)等に照らせば、後遺症による慰藉料としては、右金員をもって相当と認める。

(七) 逸失利益 一三〇六万九二四三円

孝之の症状は平成六年八月三一日に固定したところ、後遺障害の内容程度等は、右(六)認定のとおりであり、同認定のもとでは、孝之は労働能力を一〇〇パーセント喪失したということができる。そして、前記1及び2(四)のとおり、孝之は、昭和四年四月七日生の男性であり、昭和六三年三月三一日に公立学校の教員を退職し、その後、本件事故時まで約三年九か月間、農業と寝たきりの被控訴人恒子の母の介護の手伝いをしていたもので、生計は主として、年金でもってまかなっていたものの(甲一六、原審における孝之法定代理人、当審における被控訴人恒子)、将来何か仕事をしたいと考えていたのであり(原審における孝之法定代理人)、同人の経歴や健康状態(前記1認定のとおり、孝之は、本件事故当時、体の不調を訴えることはなく、普通に生活をしていた。)等を考慮すれば、将来、何らかの職に就き、相応の収入を得たであろうことは否定し難い。

そこで、賃金センサス平成三年第一巻第一表の六〇歳から六四歳の男子労働者(本件事故発生時に、孝之は六二歳であった。)の年間収入である四一〇万五九〇〇円をもとに、農地を耕作していたことによる収入をも考慮して、右賃金センサスによる年間収入の七〇パーセントである二八七万四一三〇円を孝之が得たであろう年間収入とし、厚生省第一二回生命表(六五歳男子の平均余命は一一・八八年)をもとに、その喪失期間を症状固定時から六年として、ホフマン方式により、孝之の逸失利益を算定すると(本件事故時から症状固定時までを三年として算定。以下、同じ)、次のとおりとなる。

二八七万四一三〇円×(七・二七八二-二・七三一〇)=一三〇六万九二四三円

(八) 将来の介護料(入院費を含む。) 五一九七万二九一五円

前記のとおりの症状固定後の孝之の症状、状況等に照らせば、孝之は、症状固定後も、個室の病室での入院を継続し、他人の介護を要する状態にあるから、平均余命までの間、職業付添人の介護を相当とすると認められるところ、その費用としては、一日当たり、入院料七〇〇円、個室病室料四〇〇〇円、入院雑費一〇〇〇円、介護費用一万一五六〇円の合計一万七二六〇円をもって相当と認める(甲一〇の1ないし11、一一の1ないし17、一二の1ないし74、二〇、二一、二二の1ないし9、二三、二四の1ないし9、二七の1ないし3、二八の1ないし3、乙一ないし三五、孝之法定代理人、弁論の全趣旨)。

そして、前記(七)掲記の生命表に照らして、孝之の介護を要する期間を症状固定時から一二年間とし、ホフマン方式にしたがって、その費用を算定すると、次のとおりとなる。

一万七二六〇円×三六五日×(一〇・九八〇八-二・七三一〇)=五一九七万二九一五円

3  右2(一)ないし(八)の損害額合計一億一九三七万五〇七三円に、前記説示の五パーセントの割合による過失相殺をすると、一億一三四〇万六三一九円となる。

これから、前記のとおりの既払金のうち平成八年三月五日支払にかかる一五〇〇万円を除く二五七二万一二〇八円を差し引くと残金は八七六八万五一一一円となる。

また、平成八年三月五日支払にかかる一五〇〇万円を、八七六八万五一一一円に対する本件事故発生の日である平成三年九月一九日から平成七年二月一九日までの間の民法所定年五分の割合による遅延損害金一五〇〇万二五六一円に充当すると、平成七年二月一九日時点における損害金との合計金員は八七六八万七六七二円となる。

なお、控訴人は、損益相殺として、前記第二の二2(二)(5)のとおり主張するところ、孝之が、右控訴人主張にかかる給付を受けていたことを認めるに足りる証拠はないので、控訴人の右主張は採用できない。

4  弁護士費用 五〇〇万円

本件事案の内容、審理経過、本訴請求額及び認容額等に照らして、弁護士費用としては、右金員を相当と認める。

5  相続関係

被控訴人恒子は孝之の妻、被控訴人一之及び同史子は孝之の子であるところ、弁論の全趣旨によれば、それぞれ孝之の相続人として、被控訴人恒子は孝之の右損害賠償請求権の二分の一を、被控訴人一之及び同史子はその各四分の一を相続したことを認めることができる。

したがって、被控訴人らの本件請求は、

(一) 被控訴人恒子において、右3、4の合計金員の二分の一である四六三四万三八三六円及び内金四三八四万二五五五円に対する平成七年二月二〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で

(二) 被控訴人一之及び同史子において、それぞれ、右3、4の合計金員の四分の一である二三一七万一九一八円及び各内金二一九二万一二七七円に対する平成七年二月二〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で

それぞれ理由がある。

第四結論

以上の次第で、原判決主文一項を本判決主文一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑豊 神吉正則 奥田哲也)

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